大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

山口地方裁判所 昭和27年(行)10号 判決

原告 下松土地株式会社

被告 山口県知事

主文

山口県農業委員会が昭和二十七年二月二十八日附をもつて別紙目録記載の各土地につきなした訴願棄却裁決中、同目録(乙)地に関する部分はこれを取消す。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを三分しその二を原告、その一を被告の各負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「山口県農業委員会が別紙目録記載の各土地につき昭和二十七年二月二十八日附をもつてなした訴願裁決を取消す、訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求め、その請求の原因として、

別紙目録記載の下松市大字西豊井字土井八百二十七番地の一田一反四畝歩(以下甲地と略称)同市大字東豊井字中村千百七十四番地の一田九畝五歩(以下乙地と略称)、同市大字西豊井字俵屋開作千四百十番地の六、宅地十三坪(以下丙地と略称)は原告の所有であるところ訴外下松市下松地区農地委員会(以下地区農委と略称)は昭和二十六年五月二日甲、乙両地につき自作農創設特別措置法(以下自創法と略称)第三条に基き、同年六月四日丙地につき自創法第十五条に基き各々買収すべきものとして買収計画を樹立し、同年六月十八日原告にこれを通知したので、原告は同年六月二十五日右地区農委に異議申立を為したところ右地区農委は同年七月十四日これを却下した。そこで原告は右決定に対し同年七月十五日山口県農業委員会に訴願したところ同委員会は昭和二十七年二月二十八日附の裁決書で「甲乙丙地共自創法第五条第四号の指定地でなく地元農業委員会の扱つた処置妥当と認められる」旨の理由を附して「異議の申立は相立たない」と裁決し、該裁決書は同年四月九日原告に送達された。しかし本件買収計画及び訴願裁決手続には次のような違法がある。

一、本件甲、乙両地は自創法第五条第五号のいわゆる近く土地使用の目的を変更することを相当とする農地であるからこれにつき買収計画を樹立することは許されない。

即ち右両地については未だ地区農委、山口県農業委員会において自創法第五条第五号所定の指定は行われていないが共に下松市都市計画の改訂の前後を通じ同市都市計画の区域内にあり而も

(イ)  甲地は国鉄下松駅の真裏、駅から約四十米の所に在り、鉄道線路を隔てた西南方一帯の地は下松市の繁華街をなし、北方には住宅商店街(北西約五十米の所に下松公民館、図書館がある)南西方には下松職業安定所、軍人援護会、下松農業協同組合倉庫等(何れも戦前の建築)があり、北部東部は農地に接しているも百五十米乃至二百五十米の近距離に下松中学校、東洋鋼板社宅、下松市長公舎、下松小学校、下松第一中学校等の建物が連つている。特に甲地につき下松市議会において昭和二十九年十月頃区劃整理を施行する旨決議した。原告は本件買収計画樹立前から甲地とこれに接続する原告所有地(土井八二七の三、八二八の九の各農地、同八二八の十一の宅地)を合せ一体として原告経営の貸住宅敷地として使用すべく計画を立てていたものであり、現在は前叙の如く区劃整理区域内にあるので具体的に定められる整理事業の要綱に従い新たな利用計画を立てる所存である。

(ロ)  乙地は西部は恋ケ浜島越幹線道路に沿い、その北部及び東部には大規模の日立工員宿舎があり、南部は寺院正立寺に隣接しその附近には庶民住宅が続々新築されつつあり、本件繋争中地区農委の承認、県知事の許可もないのに乙地は完全に宅地化され、現実に住宅が建築せられ人が居住するに至つた。乙地は高台地であり住宅地としても最も適当な土地であり原告はこれを三分し貸住宅三戸を建築すべく計画中である。

かくの如く甲、乙地の地理的位置、四囲の環境、下松市における住宅の払底状態等諸般の事情を綜合考慮するとき右両地は自創法第五条第五号に規定する近く土地使用目的を変更することを相当とする農地ということができる。なお両地は自創法施行規則第七条の二の三第一項に規定する売渡保留地内にある農地である。特定の農地が売渡保留地内に在ることはその使用目的を変更することの当否が問題とされている土地であることを意味するものであつて両地が売渡保留地域内に在ることは少くとも本件買収計画樹立当時両地が自創法第五条第五号の該当農地たる性格を有していた事実を推定することができる。叙上理由により本件甲乙両地につき買収計画を樹立することは違法である。

一、丙地について、

(イ)  地区農委において自創法第十五条により宅地の買収計画を樹立するには先づ同法第三条の規定により買収する農地若くは同法第十六条第一項の命令で定める農地に就き自作農となるべき者から、政府において買収すべき旨の申請があることを必要とする。本件丙地については昭和二十五年七月二日原告所有の旧小作地(下松市大字西豊井字俵屋開作一四〇三番田一反二十一歩外四筆)を自創法第十六条により売渡を受けた訴外相本恒雄において前叙買収の申請をしたことを必要とする。然るに右買収の申請者は訴外相本恒雄でなく同人の父訴外相本武市であり同人が売渡を受けている。かように丙地の買収計画はその前提要件である附帯買収申請の適格を有しない者の申請に基き樹立されたものであり無効である。

(ロ)  丙地は原告がその旧商号「株式会社久原用地部」時代に訴外相本久吉に農具小舎敷地として賃貸していたところ昭和五年十月一日当事者間に

(1)  貸主において必要とする場合は催告の日から一月以内に建設物を取り除き返還すること。

(2)  建設物取り除きに要する費用は借主の負担とし、貸主に対し移転料の請求をしないこと。

(3)  借主において借地返還のため如何なる損害を受けても貸主に対し何等賠償の請求をしないこと。

(4)  借主において約定の期間内に建設物を取り除かない場合はその所有権を放棄したものとし、貸主において自由にこれを処分することができるのは勿論、取り除きをしないために生ずる損害は借主において賠償すること。

の賃貸借条件を定め且つ貸主の同意なくして貸主の不利益に帰するような一切の行為を為さない旨を確約した。而して訴外相本久吉は昭和九年八月十八日死亡し訴外相本武市これが家督相続をした。訴外相本武市は右家督相続の効果として先代久吉の前記権利義務を承継したものであり而も前記契約に際し先代久吉の代理人として契約書に署名しているに拘らず、本件丙地につき附帯買収の申請をしたことは前記契約の約旨に反する不徳義の行為であり右買収申請は信義に反するものといわねばならない。かかる申請に基き買収計画を樹立することは許されない。地区農委がかかる申請を容れ樹立した本件丙地の買収計画は法規裁量を誤つた違法ありというべく、この買収計画を是認した本件訴願裁決も亦違法である。

一、本件甲、乙、丙各地につき樹立された買収計画にはその手続に追完することのできない欠陥がある。農地の買収計画には買収すべき農地、買収の時期、買収の対価を定めねばならない。然るに地区農委は甲、乙、丙各地の買収計画において

(イ)  甲地については買収の時期及対価を定めず

(ロ)  乙及び丙地については買収の時期を定めていない

ので本件買収計画は違法である。

一、山口県農業委員会の為した本件訴願裁決には判断の遺脱理由不備の違法がある。即ち原告の訴願理由の要旨は「甲地は下松駅を中心とする半径三百米以内にあり昭和二十六年三月三十日売渡保留地と指定され自創法第五条により買収しないことになつている、乙地は都市計画の主要幹線道路より百米以内にあり近く道路拡張の予定地である。丙地は都市計画徳山光線主要幹線道路から百米以内にあり、附近の農地は売渡保留地に指定されているのに丙地を買収されることは承服し難く、又丙地は畑の一部を地区農委が勝手に分筆したもので面積においても疑義がある」というにあるところ山口県農業委員会は右訴願に対する裁決において

(イ)  主文に「異議の申立は相立たない」と宣しその理由とするところは本件甲、乙、丙地は自創法第五条第四号の指定地でないから地元地農委の取扱つた処置は妥当と認められるというのであつて前記訴願理由に答えていない。これ訴願そのものにつき判断を下していないことになるから判断遺脱、理由不備の違法ありといわねばならない。

(ロ)  「甲、乙、丙地共自創法第五条第四号の指定地でないから地元農地委員会の扱つた処置妥当と認められる」との理由で異議の申立は相立たない旨裁決した。然し丙地の買収はいわゆる第十五条買収であり農地としての買収ではない。自創法第十五条第三項には同法第五条第四号を準用する旨規定していない。従つて県農業委員会が丙地につき自創法第五条第四号の準用あるものと解し、これを唯一の理由として訴願を排斥した本件裁決は違法である。

叙上各理由により本件訴願裁決の取消を求める旨陳述し

被告の主張事実中甲、乙両地が小作地であること、丙地上に訴外相本武市所有の農業用納屋の在ること、訴外相本恒雄が訴外相本武市の長男であり同人等が同居生活していること等を認め、訴外相本武市が自創法により農地二反三畝歩の売渡を受けた事実を否認する、訴外相本武市が農地六反余歩を耕作していることは不知と述べ、被告の主張に対し

(イ)  被告の「甲乙地は自創法第三条第五項第四号該当地として買収計画を樹立したものであり、甲地が売渡保留地内にあると又乙地が幹線道路に沿い、準工業地帯に在ると否とは買収計画の適否に関係ない」旨の主張は自創法第五条の規定を無視するものである。甲乙地の買収計画が適法であるためには両地が自創法第三条第五項第四号に該当するを以て足らず同法第五条第一乃至第八号に該当しないことを必要とする。然るに甲、乙両地は同法第五条第五号該当地である。

(ロ)  農地買収計画において、買収時期は特定の買収計画毎に具体的に定められるべきものである(自創法第六条第二項)仮に行政の便宜上買収時期が全国一齊に定められているとしてもそれは上級行政庁の下級行政庁に対する訓示的指令である。これをもつて自創法の右要請を左右することはできない。仮にこれをもつて右要請を充たすものとしても、被告の買収時期は特に委員会において審議するまでもなく三月、七月、十月、十二月の各二日と客観的に且つ全国的に定められている旨の主張は事実に反する。山口地方裁判所昭和二十七年(行)第二十四号訴願裁決取消事件(原告下松土地株式会社、被告山口県農業委員会)において被告提出の乙第一号証(本件甲第十四号証)によれば買収時期は昭和二十七年九月一日と定められており本件丙地の買収時期は昭和二十六年七月一日である。

(ハ)  今回の農地改革は家の制度を全く廃棄した日本国憲法の下に行われた。家の存在を認めないこと日本国憲法の根本理念の一である。本件丙地を訴外相本家に売渡すものとして訴外相本恒雄の父武市の附帯買収申請を相当と認めたことは右憲法の理念に反するものであり無効である。

と陳述した。

(証拠省略)

被告指定代理人は「原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求め、答弁として

原告主張事実中、訴外地区農委が原告主張の甲、乙、丙各地につき原告主張の日に買収計画を樹立し、これに対し原告からその主張の日異議の申立あり、これを却下されたのでその主張の日山口県農業委員会に訴願し、右委員会において昭和二十七年二月二十八日附で「異議の申立は相立たない」と裁決し該裁決書が同年四月九日原告に送達されたこと、甲乙丙各地につき地区農委、山口県農業委員会において自創法第五条第五号所定の指定をしていないこと、甲地が売渡保留地域内にあること、訴外相本武市が原告主張の日父久吉の家督を相続したこと、訴外相本久吉が原告(旧商号株式会社久原用地部時代)から丙地を農具小舎敷地として賃借したこと等を認め、被告の主張に反するその余の主張事実を争う。

一、甲、乙両地は原告会社の所有農地で、甲地は訴外武居正史が、乙地は訴外松村鉄蔵がそれぞれ耕作中の小作地であるから自創法第三条第五項第四号該当地として買収計画が樹立されたものである。甲地が売渡保留地内にあると否と、又乙地が幹線道路に沿い準工業地帯にあると否とは買収計画の適否に関係なく、両地共自創法第五条第五号所定の指定地域内に存在しないものであるから本件買収は違法でない。

一、丙地は訴外相本武市が賃借し同地上には同人所有の農業用納屋が在り、同人は田地六反歩を耕作し又農地改革により田二反三畝歩の売渡を受けている。従つて丙地を訴外相本武市の農業経営に必要な土地として買収計画を樹立したことは適法である。丙地に関する自創法第十五条第一項による買収請求者は訴外相本武市であり同人は右請求をなす権限を有するものである。即ち訴外相本恒雄は右相本武市の長男であり父武市と同居しており将来相本武市の農業経営を受け継ぐ立場にあるものである。なる程自創法の規定による買収農地の売渡人は訴外相本恒雄となつているがその理由は相当老令に達している相本武市(明治二十三年生)が自分の農業経営の相続人である恒雄のため将来の相続登記を省略する目的で同人名義としたものである。由来日本における農村の農業経営単位は個人でなく家を本体としている。家族で農業を経営するという考えが支配しており而も農業は世襲的なものとして観念されている。自創法の規定による農地の売渡において本件の如く父武市が耕作し同居の長男恒雄が売渡の相手方となることは農業の家族経営性から見れば経験上も社会観念上も許されることである。そうすると長男恒雄に売渡した農地は相本家に売渡したものとしてその父であり本件丙地の賃借人である訴外相本武市が丙地の買収申請をしたことは相当というべく、丙地の買収計画につき違法の理由とはならない。

一、本件各地の買収計画にはいづれも買収の時期、買収の対価の定めがある。地区農委の議事においても定められ計画書に記載されている。仮に右主張事実が認められず買収計画に買収の時期、買収の対価を欠いた瑕疵があつたとしても、買収手続上買収の時期と対価は客観的に定まつており、且つ本件買収手続における如く買収計画の縦覧に際し既に明白に買収時期、買収対価が記載されている場合は、決議において買収時期、買収対価を欠いたとしてもこれによつて法律関係の不特定とか被買収者の権利の擁護に支障を来すことはない。買収の時期、買収の対価が客観的に明白であるということは要するに買収の時期は全国一齊に三月、七月、十月、十二月の各二日と定められており、買収対価は自創法第六条第三項に定める対価の最高額(田にあつては賃貸価格の四十倍)とすることも亦行政的に農地委員会書記に明白に認識されている事であるのみならず、いわゆる「農地改革による買収対価」として社会通念上も早、常識となつている程明白な事実である。故に殊更に農地委員会で審議するまでもないことである。よつて農地委員会の審議において是等の点につき審議を欠いたとしても縦覧書類に買収の時期、買収の対価を記載し従つて法律関係の不特定も起らず、被買収者の権利の擁護にも欠けることのない事実と相俟つてこの瑕疵は買収計画の取消事由となるような瑕疵とは言えない。

一、自創法第十五条を適用し買収した丙地について同法第五条第四号の適用も準用もないからこの限りにおいては丙地に関する裁決理由は不当のそしりを免れない。本来丙地に関する訴願裁決理由においては、丙地が自創法第十五条第二項各号に該当しないことを理由とすべきであつたのを他の理由によつて棄却の裁決をしたことになる。然しながら丙地に関する訴願棄却の裁決の理由が理由において不当であつてもその結論において結局正当であるから裁判上取り消さるべきものでないことは民事訴訟法第三百八十四条の趣旨からも窺うことができる。原告は「理由となり得ないものを理由として訴願を却下した」旨主張するも右は理由となり得ないものではなく、相当でない理由をもつて却下したに過ぎない。

叙上理由により原告の本訴請求は失当である旨陳述した。

(証拠省略)

理由

下松市下松地区農地委員会が昭和二十六年五月二日原告所有に係る甲、乙両地につき自創法第三条に基き、同年六月四日同丙地につき同法第十五条に基き、各買収すべきものとして買収計画を樹立し、昭和二十七年六月十八日原告にその旨通知があつたので原告は同委員会に異議申立をしたが却下され、原告は更にこの却下決定に対し山口県農業委員会に訴願したところ同委員会は昭和二十七年二月二十八日附裁決書で「異議の申立は相立たない」と裁決し、その裁決書が同年四月九日原告に送達されたことは当事者間に争がない。以下順次争点について判断する。

一、本件甲、乙両地は自創法第五条第五号にいう「近く土地使用の目的を変更することを相当とする農地」に当るのにこれについて買収計画を立てたのは違法である旨の原告の主張について。

原告の右主張に対し被告は甲乙両地は自創法第五条第五号所定の指定がないので甲地が売渡保留地内にあると否と、又乙地が幹線道路に沿い準工業地帯にあると否とを問わず、これにつき買収計画を立てたのは違法でない旨主張するのでまづこの点について考えるに市町村農地委員会が農地につき自創法第三条の買収計画を樹立するに当つて、該農地が客観的に見て「近く土地使用の目的を変更することを相当とする農地」と認められるときは都道府県農業委員会の承認を得て同法第五条第五号の指定を行いこれを同法第三条の買収対象から除外することが同法第五条第五号の趣旨と解されるから本件甲、乙両地につき仮令同法第五条第五号の指定がなされていないとしても若し是等の土地が客観的に見て同号にいう「近く土地使用の目的を変更することを相当とする農地」に当るときはこれについて買収計画を樹立したことは違法といわねばならない。よつて被告の右主張は採用しない。そこで進んで本件甲、乙両地が原告主張のような「近く土地使用の目的を変更することを相当とする農地」にあたるか否かについて検討して見る。

(イ)  甲地について。当裁判所の検証の結果によると甲地は国鉄下松駅の裏側(駅の東北方)で駅から直線距離約百五十米の地点にあり、同駅の裏側を鉄道線路に竝行に走る栄町通の北側沿いに在る下松職業安定所敷地の裏側(北側)に隣接し、その東北方は下松小学校に至る約二百五十米、東洋鋼板社宅に至る約百米、東南方は下松中学校に至る約二百米の範囲内は一面の水田が続き、西南方の約二分の一は水田に面しその余は右安定所敷地に接し、西北方は住宅地に接しているが道路には全然面していない水田であることを認めることができる。右認定事実によると本件甲地は下松駅近くに位置しておるが同駅の裏側で道路に面しない水田であることその他附近の土地使用の状況一般から見て、いわゆる近い将来において土地の使用目的を変更して宅地とされる蓋然性ないしは相当性があるとは認め難い。証人石井成就の証言によると甲地が下松市都市計画区域内にあり昭和二十九年十月頃下松市議会において区劃整理(宅地化)する旨決議された事実を認めることができ、又自創法施行規則第七条の二の三第一項に規定する売渡保留地域内にあることは当事者間に争ない。然しながら証人石井成就の証言によると右都市計画は昭和十四、五年頃立て昭和二十八年三月全面的に改訂せられたものであるが、その間計画の実現は大して進捗せず区劃整理も農民の反対により足踏み状態にあり、特に昭和二十六年当時本件甲地につき何等具体的計画のなかつた事実を認めることができる。原告会社代表者山田孝太郎訊問の結果によると終戦頃甲地に軍人援護館を建てるため宅地化する計画であつたということであるが本件買収計画当時及び現在に至るまで宅地化するため準備に着手したことは認める証拠がない。そうすると本件甲地が都市計画の区域内及び前記売渡保留地域内にある事実は本件甲地が自創法第五条第五号の「近く土地使用の目的を変更することを相当とする農地」に該当しないとする前叙認定を覆し原告の主張を認めるに足りない。前記検証の結果によると本件甲地の近くに保育園、援護館、農業協同組合倉庫があり前記距離に下松中学校、下松小学校、東洋鋼板社宅等があることが明であるが本件甲地と右各建物の場所的関係、距離等を考えると右各建物の存在は前叙認定を左右するに足りない。よつて原告の主張は採用しない。

(ロ)  乙地について。当裁判所の検証の結果、証人石井成就の証言により真正に成立したものと認める甲第十号証の二を綜合すると乙地は、その西部は下松市都市計画による恋ケ浜・鳥越線の道路に面し東部は一段高い日立工員宿舎敷地に、南部は寺院正立寺の敷地に、北部は畑地(現状)に各接した不正梯形の土地で地目は田であるが現状は田地の態様をなさず全地の東北側約半分は畑地となり右道路に沿うた西北側半分は耕作物の植付けなく、荒地になつておりその北の部分に木造瓦葺平家建一棟の新築家屋があり、乙地の南側に寺院正立寺、東に日立工員宿舎、北方に畑を隔てて一般住宅、及日立工員宿舎、稍距離を置いて南方に中国配電社宅、市営住宅等の建物が存在することを認めることができ、原告会社代表者山田孝太郎訊問の結果及びこれにより真正に成立したものと認める甲第十三号証の一、二、三を綜合すると原告において昭和二十六年五月頃本件乙地を三分しこれに住宅一戸宛建築する計画を樹てていたことを認めることができる。又検証の結果により明かな本件乙地上に家屋が新築せられていること及び当事者間に争のない本件乙地が農地として買収計画を樹立された事実を合せ考えると乙地の一部は本件買収計画の樹立後宅地化されたことを認めることができ、証人石井成就の証言、当事者間成立に争のない甲第十二号証の一、二を綜合すると本件乙地は下松市都市計画の区域内にあり且山口県知事により自創法施行規則第七条の二の三第一項に規定する売渡保留の決定が為されている事実を認めることができる。

叙上認定に係る本件乙地の立地条件、その現況、周辺の土地利用の状況等諸般の事実に鑑みるとき本件乙地は近い将来宅地化されて行くものと認められる。そうすると本件乙地は自創法第五条第五号の「近く土地使用の目的を変更することを相当とする農地」に該当するものといわなければならない。そうすると地区農委において本件乙地につき買収計画を樹立したことは違法であり、この買収計画を認容したことに帰する本件訴願裁決も亦違法であり且つ右違法は取り消し得べき瑕疵に該当するものといわなければならない。

一、本件丙地につき樹立された買収計画は違法であるとの原告の主張について。

(イ)  附帯買収申請の適格を有しない者の申請に基き買収計画を樹立した違法ありとの主張について。

訴外地区農委が訴外相本武市の自創法第十五条第一項による買収申請に基き本件丙地につき買収計画を樹立したこと及右訴外人が自創法に基きこれが売渡を受けたことは当事者間に争がない。よつて訴外相本武市が右附帯買収申請の適格者であるか否かの点について考えて見る。本件丙地の買収計画樹立当時訴外相本武市が原告から本件丙地を賃借しその地上に農具用納屋を建築所有していたことは当事者間に争がない。当事者間成立に争のない甲第六号証によると訴外相本恒雄が原告所有に係る下松市西豊井俵屋開作千四百三番田一反二十一歩外四筆を自創法により売渡を受けた事実を認めることができ、右事実に、証人相本武市の証言、当事者間成立に争のない甲第八号証を綜合すると昭和二十六年頃訴外相本武市はその長男恒雄と共に農業に従事しており(長男恒雄は時折町工場に働く)当時小作中の原告所有に係る田畑を自創法により売渡を受けるに当り自己の年令(明治二十三年生)、長男恒雄が将来農業経営者となること、新民法下の相続関係等を考慮した結果地区農地委員とも相談の上長男恒雄名義で買受申請をなし同人名義でこれが売渡を受けた事実を認めることができる。自創法が農地の経営主体を純粋な意味での個人私有財産制としてとらえず家産的に世帯単位として観念している(同法第二条第四項第四条等)ところから見ると、附帯買収の目的とされている土地につき賃借権を有するものがいわゆる解放農地につき自作農となるべきものであり農業経営主体として賃借地を管理し家事を処理しており、家庭的の特殊事情から同居の子の名義で解放農地の売渡を受けているような場合には前者は附帯買収の申請者中に含まれるべきものと解するを相当とする。この考え方は我が国の農業経営の実体に着目し適切な自作農創設を企図する自創法の規定に適合し、民法に規定する相続制度、個人の権利義務につき、家の制度を廃止した趣旨に戻るような効果を来すものではないから、右のような考え方は憲法の理念に反する旨の原告の主張は採らない。よつて本件を見るに前記認定の如く訴外相本恒雄が原告主張の如き解放農地の売渡を受けたものであつても訴外相本武市が恒雄と同一世帯にあり農業を営み且つ丙地を賃借管理している限り同人はその附帯買収の申請をする適格があるというべきである。よつて原告のこの点に関する主張は採用しない。

(ロ)  本件附帯買収申請は信義に反する旨の主張について。

訴外相本久吉が原告からその旧商号株式会社久原用地部時代に本件丙地を賃借したこと、訴外相本武市が昭和九年八月十八日右久吉死亡による家督相続の結果その権利義務を承継したことは当事者間に争がなく該事実に証人相本武市の証言、同証言により真正に成立したものと認める甲第九号証を綜合すると訴外相本久吉は昭和五年十月一日原告に対し

(1)  貸主において必要とする場合は催告の日から一月以内に建設物を取除いた上返還すること

(2)  建設物取り除きに要する費用は借主の負担とし移転料の請求をしないこと

(3)  借主において借地返還のため如何なる損害を受けても貸主に何等賠償の請求をしないこと

(4)  借主において約定の期間内に建設物を取り除かない場合はその所有権を放棄したものとし貸主において自由に処分しても異議なく、取り除かないために生ずる損害は借主において賠償すること

を誓約した事実及びこの誓約に当り訴外相本武市が父久吉の代人として請書(甲第九号証)に久吉の印を押捺した事実を認めることができる。然し訴外相本久吉、相本武市等が原告に対しその同意なくしてその不利益に帰するような一切の行為を為さない旨確約したとの事実はこれを認めるに足る証拠がない。訴外相本武市において賃料の支払を怠つたりその他賃借人として不都合の所為に出たことは主張立証がない。訴外相本武市が丙地につき附帯買収の申請をしたことは自創法に認められた権利を行使したまでであつて、前叙認定の如き誓約をしていたからと言つて右申請をもつて直ちに信義に反する所為となすことを得ないこと自創法制定目的に照し明である。この点に関する原告の主張も亦失当である。

一、本件買収計画には買収の時期と対価が定められていないから違法であるとの原告の主張について。

地区農委が昭和二十六年五月二日本件甲、乙両地につき買収計画の樹立を決議した会議の議事録(当事者間成立に争のない甲第三号証)には甲地につき買収の時期買収の対価について、乙地につき買収の時期についての記載がなく、同年六月四日本件丙地につき買収計画の樹立を決議した会議の議事録(当事者間成立に争のない甲第四号証)には丙地につき買収の時期についての記載がない。当事者間成立に争のない乙第一号証によると本件甲乙両地の買収計画につき、同乙第二号証によると本件丙地の買収計画につき各買収時期、買収対価の定がなされていることが明であるし当事者間成立に争のない甲第一号証によると本件買収計画の縦覧書類には各買収時期、買収対価の記載があり且つ原告に対しこの事項を通知した事実を認めることができる。右事実に本件弁論の全趣旨を綜合すると買収の時期買収の対価は買収手続を劃一的に処理する必要上行政的に一応予め定められており地区農委はこれを認めたので殊更に決議しなかつたものと認められ、この買収の時期、買収の対価はすでに一般人、被買収者等外部に公示されているので本件各買収計画において買収地に関する法律関係に不特定を来す虞もなく又被買収者の権利の擁護に欠けることもないので買収計画の樹立を決議した会議において買収時期、買収対価につき決議しなかつたとしても該事実は本件買収計画の取消原因となる程重大な瑕疵とは認められない。よつて原告の主張は採用しない。

一、本件訴願裁決には判断の遺脱、理由不備の違法があるとの原告の主張について。

原告が地区農委のなした本件異議却下決定を対象として山口県農業委員会に訴願したこと、同委員会は本件裁決の主文で「異議申立は相立たない」としたことは当事者間に争がない。右主文が訴願に対する裁決の文言として妥当でないことは明である。而して訴願裁決の形式については訴願法その他に何等法定の規定がないので、訴願裁決庁が訴願に対する裁決をしたか、如何なる判断をしたか等は裁決書の主文、その理由その他裁決書の記載全体を見て決すべきである。右の見地から本件訴願の裁決書である当事者間成立に争のない甲第二号証を見ると原告の訴願理由、これに対する地区農委の弁明、裁決の理由、主文等を順次記載してあるところから見ると本件訴願裁決において山口県農業委員会は地区農委の樹立した本件買収計画の樹立を是認すると共に同委員会の為した本件異議却下決定をも正当として是認したことが窺われ前記主文はその判断の結論とし実質上原告の訴願を棄却する趣旨を示したものと認められる。

而して原告が本件甲地は下松駅を中心とする半径三百米以内にあり売渡保留地に指定され自創法第五条により買収しないことになつており乙地は都市計画の幹線道路より百米以内にあり道路拡張予定地であり丙地は都市計画の幹線道路より百米以内にあり附近の農地は売渡保留地に指定されていることを訴願理由とし、山口県農業委員会の訴願裁決がその理由として「三筆共第五条四号の指定地でなく地元農業委員会の扱つた処置妥当と認められる」としたことは被告の明に争わないところである。原告の右訴願理由は農地、宅地等につきこれを買収しないものとして規定する自創法のいづれの法条に該当するものとして主張したものか明でないが強いてこれを自創法の右法条に当てはめると結局甲乙地は同法第五条第四号に丙地は第十五条第二項第三号に各該当するというに帰するから

(イ)  甲乙両地に関する右裁決理由がその説明簡に失する嫌いがないでもないが本件訴願裁決書である前顕甲第二号証の記載の体裁を見ると右裁決理由は原告の前記訴願理由、これに対する地区農委の弁明要旨の順で争点が摘示された後に右争点に対する判断の形で示されているのであつて、右理由は前記訴願理由に対し判断を下したものと認められる。従つて甲乙両地に関する訴願につき判断遺脱、理由不備の違法ありということはできない。

(ロ)  本件丙地の買収計画は自創法第十五条の附帯買収申請に基き樹立されたものであり同法条第三項によると右買収については同法第五条第四号の準用がないので、丙地に関する本件裁決理由は不当である。然し本件附帯買収申請に違法の認められないこと前記認定の通りであり、附帯買収申請者訴外相本武市の本件丙地に対する賃借関係の由来、丙地上に同人の農具用納屋の存在すること、その位置利用方法等諸般の事情を考慮するとき本件丙地が都市計画主要幹線道路から百米以内にあり附近の農地が売渡保留地に指定されている事実は未だ本件丙地を買収することを不当と認める事由となすに足りない本件丙地については自創法第十五条第二項第三号該当事由なく本件買収計画の樹立は相当である。前記裁決理由は不当であるが本件裁決は結局正当であるから本件裁決はあへて取消さるべきものでない。

よつて原告の主張は採用しない。

叙上理由により原告の本件請求中別紙目録乙地に関する山口県農業委員会の昭和二十七年二月二十八日附訴願裁決の取消を求める部分は相当であるからこれを認容しその余の請求部分は失当であるからこれを棄却することとし訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条第九十二条を適用して主文の通り判決した。

(裁判官 河辺義一 藤田哲夫 野間礼二)

(目録省略)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例